【お題SS「炊飯器」】~炊飯器の憂鬱~【創作の本棚】

小説家志望ブロガーとし(@toshi586014)です。

 

今回は、わたしが書いた小説を掲載します。【創作の本棚】と題して、今後も自分で書いた小説を掲載する予定なので、お楽しみください。

 

炊飯器の憂鬱

 

「あ」

それは、晩ごはん前の出来事だった。

わたしが晩ごはんの下ごしらえをしていると、後ろで彼女が声をあげたのだ。

その声は、何と表現すればいいのだろう? お腹がペコペコな時に、ようやくありついたごはんを口に入れようとして、唇に触れたところで落としてしまったような、とでも言おうか。はたまた、卵かけごはんにしょうゆをかけたつもりが、口に入れるとウスターソースだったような、とでも言おうか。

待てよ、二つ目の例えは正確ではないか。卵かけごはんにウスターソースもなかなかいけるんだよ、と以前彼女が言っていたからな。それに、わたしは味に関してはうるさいことは言わないから、醤油だろうがウスターソースだろうが構わない。しかし、火加減にはチトうるさいと評判だ。

おっと、話がそれてしまったようだ。

そうそう。彼女が発した声についてだったな。たとえ話はもういいだろう。端的に言って、お腹が減った時にごはんを食べそこなった人が発するとても切ない声だったのだ。なぜ彼女がそんな声を出したのかって? いい質問だ。わたしも今から彼女にそう尋ねようと思っていたのだよ。

「そんな声をあげて、いったいどうしたんだ?」

わたしは、顔に似合わないと言われるやや甲高い声で彼女に尋ねた。

「あーあー。なんてことなの! もうすぐごはんが炊けるところだったのにー。まさか炊飯器が壊れちゃうなんて!」

わたしは驚きを感じながらも、内心の喜びを禁じ得なかった。そして、彼女に喜びを気取られないように、かしこまった表情で慰めようとした。

「なに? 炊飯器が壊れたんだって。それは大変な事件だ。なにしろ、日本人の三種の神器とまで言われた炊飯器様がお壊れになったんだから。天照大御神が天の岩戸にお隠れになったのに等しい大事件ではないか」

しかし、彼女はわたしの物言いが気に入らなかったのか、こちらをチラリと一瞥しただけだった。

「今日はゼッタイ炊きたてごはんを食べるって決めてたのに! ああ、炊飯器を開けた時に立ち昇る甘い香り。ツヤツヤにきらめく銀舎利たち。サクッとしゃもじを入れるとほろほろにほどけるあの感触。どれも懐かしい。そして、壊れた炊飯器が恨めしい」

芝居がかった動作でそう言った彼女は、親の仇もかくあらんとばかりに炊飯器を叩いた。いろんな角度から炊飯器を折檻する様子を眺め、わたしは内心ほくそ笑んだ。

「まあまあ。そのくらいにしてあげたまえ。炊飯器だって故意に壊れたわけではないだろう。彼もずいぶん頑張ったではないか。かれこれ十年近くごはんを炊き続けているんだから」

しかし、彼女はもはやわたしの話を聞いてはいなかった。熱心に炊飯器のあちこちを叩き、さらに持ち上げたり覗き込んだりしている。そんなに炊きたてごはんを食べたかったのだろうか?

「よし! それならば、わたしが彼の代わりにごはんを炊こうではないか。それでどうだい?」

わたしは自信満々にそう答えた。これでは、彼女もさすがにわたしの方を振り向かざるを得まい。こう見えて、ごはんを炊くのも得意なのだから。

しかし、彼女は予想もしない反応を示した。突然わたしのほうにツカツカと歩み寄ると、わたしの体をつかんだのだ。そして、おもむろにビンタをすると、恋人同士以上の距離まで顔を近づけ、わたしの顔を覗き込んだ。わたしはすっかり狼狽し、しどろもどろに話すしかなかった。

「いや、気分を害したなら謝る。しかし、先ほどの言葉に嘘偽りはない。わたしは炊飯器の力を借りなくてもごはんを炊くことができるのだ。どうだい? 一度試してみないか?」

わたしの必死の抗弁も、彼女の食欲__いや、ごはん欲と言うほうが正しいか__からの苛立ちには敵わなかったようだ。ついに彼女は最終手段に出た。わたしの体の一部を強く握ると、一息に抜いてしまったのだ。

ピッ!

わたしは思わず甲高い声をあげた。そして、表情が消えてしまった。薄れゆく意識の中で、彼女のつぶやきが聞こえる。

「まったく! ピーピーうるさい電子レンジね! 今日は本当についてないわ。炊飯器は壊れるし、電子レンジはやたらとピーピー鳴るし。やっぱり二十年も使ったら壊れるわよね。しょうがない、明日は電気屋に炊飯器と電子レンジを買いに行くしかないわね。えーっと、粗大ゴミの日は……」

 

あとがき

 

しげさとさん(@ShigeSato)のつぶやきよりはじまった、炊飯器のお題SSにのってみました。

約一時間で勢いに任せて書き上げました。書いている途中であさっての方向へと話しが進みましたが、それも即興の楽しみですね。

ゆきみちゃん(@Goin_HRK)としげさとさん(@ShigeSato)がすでにアップされています。

【2013年6月8日追記】

倉下さん(@rashita2)とるうさん(@ruu_embo)の炊飯器も追加しました。

 

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主夫で育児メンで小説家でアプリ開発者でアプリ開発講師でアプリ開発本執筆中でLINEスタンプ作者でブロガーのとしです。 このブログは、タイトル通り晴れた日も曇った日も人生を充実させるちょっとした楽しさを取り上げます。それが少しでも誰かのお役に立つ日がくれば幸いです。

3件のコメント

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