あずきちゃんと虹色クレヨン ~緑色と藍色のクレヨン~2【創作の本棚】

小説家志望ブロガーとし(@toshi586014)です。

 

今回は、わたしが書いた小説を掲載します。【創作の本棚】と題して、今後も自分で書いた小説を掲載する予定なので、お楽しみください。

前回のお話はこちらです。

 

あずきちゃんと虹色クレヨン

 


絵 ふじもなおさん(@LHnao

 

~緑色と藍色のクレヨン2~

あずきちゃんと藍子ちゃんは、病室の前まできています。ふう、間に合ったようですね。

その時、病室の中から大きな声が聞こえました。

「ちくしょう! そんなのってあるかよ!」

草介くんの声です。あずきちゃんと藍子ちゃんは、その声の大きさよりも、草介くんらしからぬ思いつめた口調に驚いています。いつも軽口を叩いている草介くんが、あんな言い方をするなんて。二人は顔を見合わせましたが、藍子ちゃんが思い切った様子でドアを開けました。

「草介ー、お見舞いにきてやったぞ」

藍子ちゃんは、いつもと同じように明るく声をかけます。しかし、その手は固く握り締められていました。

草介くんは、二人に気がつくと声を潜めました。そして、ベッドの背もたれに体を預け、二人の方も向かずに、顔を前に向けたままぶっきらぼうに答えます。

「なんだよ。お見舞いなんていらねーよ」

「そう言うなって。ほれ、母さん特製のアップルパイ持ってきてやったぞ。これを食べて、早く退院しろよ。次こそはアタシが勝つんだからね」

草介くんは、藍子ちゃんの言葉を聞いて動きが止まりました。しばらくそのまま黙っていたかと思うと、絞り出すように言いました。

「次なんてないんだよ」

あずきちゃんと藍子ちゃんは、意味がわからず呆然とします。

「おい、草介。次がないってどういうことなんだ?」

「だから次なんてないんだ。おれの足は、手術しなきゃダメなんだよ。おまけに手術しても、走れるようになるかわからないんだとよ! おれは、おれは、もう無理なんだよ! きっと、これ以上は走れないんだ!」

藍子ちゃんは、あまりのことに真っ青な顔をしています。しかし、握りこぶしに力をいれ、唇をキュッと噛みしめると、草介くんに向かって言いました。

「なんだよ! そんなの草介らしくないよ! いつもみたいに走ってみなよ。アタシの前を走ってみなよ。いつか必ず追い抜いてみせるんだから」

「その『いつか』なんてないんだよ。おれはもう藍子に勝てないんだ。いや、走ることもできないんだ……」

草介くんは、諦めたように背中を丸め、窓の外へと顔を向けます。

「違う違う違う! アタシが見てきた草介の背中はそんなんじゃない! アタシの前を走る草介の背中はもっとすごかった。そんな情けない背中じゃなかった!」

「もういいよ。どうせ手術したって走れないんだから。藍子一人で走りなよ」

「そんな……ずっと一緒に走ってきたのに。そりゃ、アタシが手術を受けるんじゃないよ。だから、無責任な言葉だってわかってる。だけどね。草介。アタシが知ってる草介は、やる前から諦めるような男じゃなかったよ」

草介くんが振り返って藍子ちゃんを見ると、その目には涙があふれていました。涙で青くなった目で、まっすぐに草介くんを見つめています。草介くんは、藍子ちゃんの目に吸い込まれるように、身じろぎ一つできませんでした。

「ねえねえ、どうして草介くんは走ってるの?」

その時、沈黙を破ってあずきちゃんが間延びした声を出しました。

「え!?」

草介くんと藍子ちゃんは、突然の質問にびっくりしています。

「だって、体育の授業でもないのに、毎日毎日走ってるでしょ。なんでかなーって思ってたの。ねえねえ、草介くんはどうして走ってるの? 急いでるの? 誰かに言われてるの? それとも、走らなきゃ死んじゃうの?」

あずきちゃんは、本当に不思議そうに草介くんに尋ねています。

「死んじゃうわけないだろ! そう言うあずきだって、いつも絵を描いてるじゃねーか。なんでなんだよ!?」

「だって、わたし絵を描くのが好きなんだもん」

当然でしょ、という顔で答えるあずきちゃんに、草介くんはたじろぎます。

「そ、そうか……おれだって……おれだって、走るのが好きだから走ってるんだよ」

草介くんが半ばやけ気味にそう言うと、あずきちゃんはにっこり笑いました。

「そっか。草介くんは、走ることが好きなんだね。わたしが絵を好きなのと一緒なんだね。あのね、お父さんが言ってたよ。好きなことは命がけでやれって」

あずきちゃんの言葉を聞いて、草介くんがやれやれと頭を振ります。

「なんだよそれ。死ぬ気でやればなんでもできるってか? あずきのオヤジも意外と古いんだな」

あずきちゃんは、そんな草介くんの物言いを気にすることなく、ゆっくりと話します。お父さんの言葉が草介くんに届くように、注意深く言葉を選ぶように。

「ううん、違うよ。命がけでやるっていうのはね、時間をかけてやるってことなんだって」

「わたしたちが生きていける時間は決まってるんだよ。その決まった時間の中で、何かに時間をかけるってことはすごいことなんだよ。だって、それをしたら他のことができなくなっちゃうんだよ。絵を描いたり、友達と遊んだり、本を読んだり、できなくなっちゃうんだよ。だからね。時間をかけてなにかに夢中になるのは大切なんだって。それが命がけの意味なんだって」

「そ、そうは言っても……おれは、もう」

草介くんは、あずきちゃんの言葉を受け止めながらも、素直に頷くことができない様子です。

あらあら、草介くんたら頑固なんだから。じゃあ、お手伝いしちゃいましょう。えいっ。

そっと窓を開けると、外から新鮮な空気が吹き込んできました。病院の中庭にあるきれいな芝生から、緑の香りがやってきます。緑の風がくるりと舞ったかと思うと、あずきちゃんが持ってきたスケッチブックから一枚の絵をさらっていきました。その絵は天井まで舞い上がると、ひらひらと草介くんの元へ落ちてきます。

草介くんは、絵をつかむと広げて見ました。それは、あずきちゃんがお見舞いのために描いた、草介くんと藍子ちゃんの絵です。緑の草原と藍色の空の真ん中で、二人が自由に走り回っている絵です。二人とも、それはそれは楽しそうに走っています。

草介くんは、目をギュッとつむります。そして、ゆっくり目を開き、もう一度絵を眺めるとつぶやきました。

「いや、あずきの言うとおりかも。走らないと死んじゃうかもな、おれ。走ることが好きなのに走らないってことは、時間を殺してるってことだもんな」

草介くんは、思い出していました。走ることの楽しさを。藍子ちゃんと走り回っていた時の気持ちを。そして、凛とした声で言います。

「あずき、いつものやつ、頼んだぞ」

「えっ? えっ? あっ! 位置について。よーい、パーン」

突然のことに驚きながらも、あずきちゃんはいつもの習慣で思わず号令を出しました。

草介くんは目をつむって、頭の中で走りました。地面のぬくもり、緑の香り、藍色の空。そして、横には藍子ちゃんが笑顔で走っています。草介くんの心に、緑の風が吹き抜けました。草介くんは背中をまっすぐに伸ばすと、あずきちゃんと藍子ちゃんをしっかりと見据えて言いました。

「あずき! 藍子! おれ、やっぱり走るよ! 手術だかなんだか知らねーけど、きっとまた走れるようになってみせる!」

「草介……」

いつもの顔に戻った草介くんを見て、藍子ちゃんは笑顔になりました。藍子ちゃんがうつむくと目から涙がこぼれます。ゆらゆらと落ちる涙は、藍子ちゃんの服の色を反射して、キラキラと藍色に光りました。

そして、数か月後。

「おい、あずき! この絵、おかしいぞ。なんでおれが藍子よりあとにゴールしてるんだ?」

「当たり前でしょ。草介、アタシに負けてばっかりじゃない」

「なんだと! 今日こそ藍子に勝ってみせるからな!」

「今日もアタシの勝ちだよ」

草介くんと藍子ちゃんは、言い争いながらも帰る用意をしています。

「あずき、いつものやつ、頼んだぞ」

「はーい。位置について。よーい、パーン」

「あずきー。この絵、ありがとなー」

足を引きずりながら廊下に飛び出した草介くんが叫びます。その声は、草原を駆け抜ける風のように、廊下から教室へと吹き込んできます。そして、にっこり笑ったあずきちゃんのあずき色の頬を優しくなでていきました。

次のクレヨンへ続く】

 

あとがき

 

今回のお話で、あずきちゃんが草介くんに「命がけでやるっていうのはね、時間をかけてやるってことなんだって……」と語りかける場面があります。

このあずきちゃんの言葉は、シゴタノさん(@shigotano)との会話とこちらの記事に着想を得ました。

シゴタノさん、貴重なお話をありがとうございました!

 

晴れた日も、曇った日も、素敵な一日をあなたに。

 

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