――前説という名のあらすじ――
美都「はじめまして、美都です。『創作の本棚』へようこそおいでくださいました。あ、あの、もし本編を早く読みたいということでしたらこちらから本編に飛んでくださいね」
辰子「なんだい、美都。えらく緊張してるじゃないか」
美都「だって、こんなところでごあいさつするのはじめてなんだもの。それは、緊張するわよ」
辰子「なに言ってんだよ。舞台ではいつも、アタシなんかよりよっぽど張り切って演技してるくせに」
美都「舞台とここは違うの」
辰子「ふーん、そういうもんかねえ。で、前回のあらすじは?」
美都「あらやだ。ごめんなさい(ぺこり)。えっと、高校生のたっつーとわたしは、道を尋ねられたことをきっかけに、大学生の六汰さんと聖人さんと出会いました。たっつーはめんどくさそうにあしらっていますが、この出会いがもたらすストーリーはあるのでしょうか?」
辰子「さあ、準備はいいかい! 素晴らしいお芝居の開幕だよ」
本編1――再会(現在)――
「辰子! 久しぶり!」
しとしと降る雨の中、美都が青い傘を手に飛ぶような足取りで走ってくる。
アタシは昔見た映画を思い出した。傘をパラシュート代わりに飛んでいる女の人の映画だ。スクリーンから抜け出したような美都の服装に、アタシは懐かしさを覚えた。
「よっ、美都。久しぶりだな」
アタシが赤い傘をくるりと回してそう答えると、美都はふわりと笑った。高校生のころに比べると、なんて柔らかな笑顔になったんだろう。それに、すっかり大人びている。道ですれ違っても気がつかないのではないだろうか?
「あら、わたしの顔をじっと見てどうしたの?」
美都にそう言われ、美都に見とれていたことに気がついた。はっ! 『美都に見とれて』なんて母さん並みのダジャレだ。そんなことをグルグル考えていると、美都がまた声をかけてくる。
「いきなり呼び出してごめんね。でも、辰子にどうしても会いたかったの」
「ああ、気にすんなよ。どうせ今日は一人でブラブラするつもりだったからね」
「一人で……か」
美都は意味ありげにそうつぶやくと、アタシの手を取って、さあ行きましょ、と歩き出した。美都の手は、高校生のあのころと変わらず温かい。アタシは懐かしさを覚えながら美都に従って歩きはじめた。
「そう言えば、あの日も雨だったね」
美都がポツリとつぶやく。
「あの日っていつのこと?」
アタシは分かっているくせに、知らない振りをして美都に聞いた。そう、忘れるわけがない。あの二人と再会した日のことを。まだ幸せだった日のことを……。
本編2 ――再会(辰子高校生)――
その日は朝からの雨で肌寒いほどの天気だった。
教室から校庭を眺めると、サッカー部が雨の中をランニングしている。アタシは風邪ひくなよと思いながら、走る人影を一人一人追いかけていた。ふと校門のあたりに目をやると、見たことあるような二人組が目に入った。あれは……。
「たっつー、どうしたの? 今日は練習が休みなんだし、『草藍』に寄って行こうよ」
美都がアタシの背に抱きつくようにして話しかけてくる。この子はいつもこうやってアタシにくっついてくる。最初は驚いたけど、今は慣れたものだし、美都の体温が伝わると安心する。それにしても、また成長したんじゃないの? その胸。
アタシが相変わらず窓の外を眺めながら美都との身体的差異について深く考察していると、美都がアタシの視線を追いかけてはしゃいだ声を出す。
「あっ! 見て見て、たっつー。ほら、あれ、昨日の二人じゃない?」
美都がそう言うのを聞いて、ああやっぱりと納得した。さっきのは見間違いじゃなかったのか。あいつら、あんなとこでいったい何をしてるんだろう?
「もしかして、たっつーを誘いに来たのかもよ♡」
「美都、あんたは本当に少女漫画頭だね。そんなんじゃ、道角で誰かとぶつかるたびに恋に落ちる羽目になるわよ」
アタシが美都をからかうと、美都はむしろ胸を張って答える。
「あら? たっつー。ぶつかるだけじゃダメなのよ。わたしが食パンをくわえているときにぶつかって、なおかつ相手が冷たい態度を取らないと」
「なんなんだ、その細かい条件は。まあ、何の用かは知らないけど、行ってみれば分かるでしょ。さあさあ、帰るよ」
そう言いながらアタシは、もう一度振り返り窓の外を見た。冷たい霧雨が塗りつぶす校門の陰に、六汰が真っ青な傘をさして立っている。曇り空の隙間から覗く青空のように、その顔は輝いて見える。アタシは胸の鼓動が少し早くなるのを感じたが、それを頭から振り払いながら教室を出た。
玄関から先は下校する生徒たちが溢れていた。みな色とりどりの傘をさしているので、そこかしこに水玉模様が出来上がっている。アタシは黒い傘、美都は赤い傘を手に水玉模様の中に紛れた。校門に差し掛かると、予想どおり六汰と聖人がアタシたちを見つけて近寄ってきた。
「よっ、お二人さん。随分探したぜ」
聖人が相変わらず軽い調子で声をかけてくる。
「アタシたちは探してないんだけどね。何か用?」
アタシが湿った泥のようにそう言うと、聖人はおやおやと言いながら美都に向かって話しはじめた。
「辰子ちゃんはごきげんナナメのようだね。じゃあ、ミントちゃんにお願いしようかな。今から俺たちと『草藍』に行かないか?」
「えっ!? それって、もしかしてナンパですか?」
美都が驚いて聞くと、聖人が真面目な顔をして答えた。
「えーと、そうとも言えるかな。まあ、詳しくはここじゃなんだから、『草藍』で話をしたいんだけど。辰子ちゃん、ダメ?」
アタシたちはもともと『草藍』に行くつもりだったし、聖人が真面目な顔をしているので、思わず首を縦に振った。
「サンキュー、辰子ちゃん。よし、六汰。早速行こうぜ」
聖人は六汰を促して先を歩き出した。アタシは美都の手を取り、二人の後について行く。美都がこちらを向いて、なんだろうと首を傾げるので、アタシはさあねと肩をすくめた。
草藍に着くと聖人がドアを開けてくれた。へえ、こういうとこは意外にマメなのね。アタシと美都は骨董品のような傘立てに傘を置くと、聖人に頭を下げて中に入った。
アタシがいつもの窓際の席に座ると、向かいに六汰が腰を掛ける。おや? と思って振り返ると、美都は聖人に促されながらカウンター席に並んで座った。えーと、なんだろう、この感じは。
アタシは手持ち無沙汰な気持ちをもてあまし、六汰の後ろの壁にかかった絵を眺める。すると六汰と目があった。なんだか気まずくなり横を向くと、髭のマスターが囁くような、でもよく通る声で、いらっしゃいと言っておしぼりとお冷を置く。
「日本茶とみつ豆でよろしいですか?」
髭のマスターがいつものようにそう言うと、アタシは頷いた。そして、絶妙な温かさのおしぼりを手に取り丁寧に手を拭いていると、髭のマスターは六汰に向かって尋ねる。
「そちらの方は何になさいますか?」
すると、六汰がにっこり笑って、ハーブティーで、と答えた。おっ、こいつ笑うとこんな顔になるんだ。年上に向かって言うのもなんだけど、結構かわいい顔で笑うんだな。
「六汰……さんは、ハーブティーが好きなんだ?」
「ふふ、六汰でいいよ。そうだね、紅茶全般が好きだけど、特にハーブティーが好きなんだ。母がハーブティー好きなんでね」
ああ、そういえば聖人が言ってたな。なんだっけ? 『ろくした』だか『そでのした』だか言うところから名前をつけたんだって。そんなことを考えていると、カウンターから声が聞こえる。美都はいつも通りハーブティーかと尋ねられている。そのあと、髭のマスターは聖人に尋ねているようだ。
「そちらの方はコーヒーでよろしいですか?」
「いや、今日は彼女と同じで」
あれ? 何か引っかかる。アタシが考え込んでいると、六汰が声をかけてきた。
「今日は突然押しかけてごめんね。どうしても話したいことがあって」
そういう六汰の顔は真剣だ。いったいなんだろう? まさか道を教えたお礼をわざわざ言うためにここまで連れ出したのではないだろうし。アタシはよほど怪訝な顔をしていたのか、六汰が慌てて弁解がましく話しはじめた。
「あ、あの、変な用事じゃないから。いや、ある意味変な用事かも。あっ、でも、僕は真剣なんだ。だから誤解しないでくれるかな」
あまりの狼狽ぶりに、アタシは思わず吹き出した。すると、六汰の動きが止まり顔を真っ赤にする。ふふふ、こいつなんだかかわいいな。
「誤解もなにも、まだ何の用事か言ってないんだから、誤解のしようもないよ。まあ、一息ついたら?」
アタシがそう言っておしぼりを差し出すと、六汰は受け取るなり大きく息を吐いた。そして、この涼しさにもかかわらずしっとりと汗が浮いた顔を拭いて一息つく。かと思うと、また慌てておしぼりをアタシに差し出し、すぐさま引っ込めた。
「あっ、ごめん。思わず君のおしぼりで顔を拭いてしまった。えっと、これを返すわけにはいかないし、僕のおしぼりもすでに使ってしまったし……」
わたわたする六汰の前に、スッと新しいおしぼりが差し出された。横を見ると、髭のマスターが静かに佇んでいる。六汰がありがとうと言って受け取ると、髭のマスターはトレイからハーブティーを取りテーブルに置いた。
コトリ、という音と共に桃の香りが広がる。その甘い香りのおかげか、六汰はすっかり落ち着いて顔色が戻っている。髭のマスターはいつもと変わらぬ様子で、本日のハーブティーはピーチベルガモットです、と言いながらみつ豆と日本茶をテーブルに置いた。
髭のマスターがカウンターに戻ると、アタシは目の前に並んだみつ豆と日本茶に手を合わせ、早速食べはじめた。
アタシは水の中の魚を捕まえるカワセミのように、寒天の合間を縫って豆を探し出し次々と口に入れる。豆をすっかり食べ終わると、次は果物にとりかかる。みかん、パイナップル、桃の順番に平らげると、真っ赤なお椀の上には小豆色のあんこと紅白の寒天、そしてやや桃色がかったさくらんぼが残った。
「いつもそうやって食べるのかい?」
六汰が愉快そうに尋ねたので、アタシはあんこをひとすくいして口に放り込んでから頷く。あんこの甘さに脳髄まで痺れていると、六汰が力を込めて話しはじめた。
「そうそう! 僕も豆と果物は最初に食べてしまうんだ。それで、あんこの頭が痺れるような甘さと、寒天の吸い付くような食感と爽やかな甘さを心ゆくまで堪能するんだよ。最後はもちろんさくらんぼだよね? 一息ついてさくらんぼを口に含んで、ゆっくり実をかじり取るんだ。そうしてみつ豆の全てが自分の中に溶け込むような感じがするんだよ」
六汰は息つく暇もなくとうとうと話している。アタシは自分と同じ食べ方をする人にはじめて会ったので驚いた。それになにより、大人しそうな六汰がこれほど熱を帯びて話すことに驚いた。そんな様子を見つめていると、六汰がハッとしたように言葉を詰まらせた。そしてみつ豆の赤い寒天のように頬を紅潮させる。
「ああっ、ご、ごめん。つい夢中になってしゃべってしまった。同じ食べ方をする人にはじめて会ったから嬉しくて……」
そんな六汰をしばらく眺めていると、口から自然に笑いが零れた。六汰はポカンと口を開けている。
「ふふふ、それは奇遇だね。アタシもこの食べ方をする人にはじめて会ったんだよ。あはははは」
六汰は大笑いするアタシを見て、軽く息をつく。そして、とても人懐っこい笑顔になると、世間話でもはじめるかのように言った。
「ねえ、僕と付き合ってくれないかい?」
○●○●
次の日、教室に入ると美都が待ち構えていたかのように飛んできた。
この薄情者め、アタシは美都を見て思う。あのとき、気がつくと美都と聖人はいなくなっていた。アタシが不思議そうにキョロキョロしていると、髭のマスターが二人の伝言__ごゆっくり、だって__を伝えてくれた。しょうがないので、途中まで六汰に送ってもらって帰ったんだけど、気まずいことこの上なかった。
「それでそれで、なんて答えたの?」
そんな非難の気持ちを込めながら昨日の経緯を話していたけど、美都はそれどころではないようだ。美都の目は期待に満ちて少女漫画の女の子のようにキラキラと輝いている。その様子を見ると、思わず力が抜けてしまう。
「今から買い物でも行くのかい? って言った」
アタシがそう答えると、美都はがっくりとうなだれる。
「たっつー、あなたはどうしてそうなの? その状況だったら告白されたに決まってるじゃない!」
「あー、まあ……ね。そのあと六汰に同じようなこと言われたよ。だから、男女のお付き合いをしてもいいよ、って言ったんだ」
アタシの言葉を聞くと、美都は満面の笑みを浮かべアタシに抱きついた。
「やったー! たっつー、おめでとう! わたし、たっつーはそういうことに興味がないと思って心配してたんだよ。ホントに良かったね」
「こらこら、美都、苦しいってば。ホントは興味なかったんだけどね。なんとなく六汰ならいいかって思ったのさ」
「まあっ! やっぱり彼はギャクタマだったのね。運命の人なんだわ」
美都はそう言ってはしゃいでいる。気が早いんだから、とアタシが呆れていると、美都は突然涙ぐんだ。
「おいおい、なんであんたが泣くんだよ」
「だって、嬉しいの。たっつーが幸せになってくれたら嬉しいの。そうだ、お赤飯炊かなくちゃね」
美都はそう言うと、涙を拭って胸の前で両手を合わせる。
「あんたは母親か……」
と言いつつも美都の優しさで胸が温かくなり、アタシは美都の手をふわりと包んだ。すると、美都は子どものようにはしゃぎながら提案した。
「よし、じゃあ、今日は草藍でお祝いよ! みつ豆を食べてお祝いしましょう。日本茶とハーブティーで乾杯するのよ」
「美都のおごり?」
「もちろん! ワリカンでね」
アタシがお笑い番組のようにズッコケそうになると、美都がお腹を押さえて大笑いする。美都の笑い声がキンモクセイの香りのように優しくアタシを包んだ。
「ところで美都は聖人とナニ話してたの?」
アタシがふと思いついて尋ねると、美都は彼岸花の花のように頬を染めた。
「実はね、デートに誘われたの」
「えっ!? あいつと?」
「うん。でも、付き合うとかじゃなくて、お友達として遊びに行くだけだからって。聖人さん、話してみたらすごく真面目だし友達思いなのよ。あの人とだったら遊びに行ってもいいかなって」
アタシは驚いた。あの純情な美都が、あの聖人と二人で遊びに行くなんて。大丈夫だろうか、と心配になったけど、美都の楽しそうな顔を見ていると何も言えなかった。
――CM――
辰子「やあやあ、辰子だよ。今回も僕タスを読んでくれてありがとう。それじゃあ、恒例の宣伝はじめるよ。このCMコーナーは、タスク管理に役立つ情報や、本編に出てきた物を紹介する場なんだ。本編とは無関係だから、読み飛ばしても大丈夫。気軽に読んでおくれ」
美都「たっつーが大人の階段を昇るところ、ドキドキしましたよね」
辰子「ちょっと、美都。あんた、最初のあいさつに比べたら、えらくリラックスしてるわね」
美都「だって、たっつーが告白されるところ、何回読んでも楽しいんですもの」
辰子「そっ、そんなことはいいから、早く宣伝しなよ!」
美都「ふふふ、たっつーったら、照れちゃって♡さて、本編で登場したハーブティー『ピーチベルガモット』は、その名前のとおり桃の香りが甘くて爽やかなお茶です。また、ベルガモットはアールグレイやレディーグレイにも入っているので、この二つがお好きな方ならきっと楽しんでいただけますよ」
辰子「紅茶は飲めるようになったんだけど、ハーブティーはまだニガテなんだよなー」
美都「たっつーもいつか飲めるようになる日が来るわよ」
辰子「そうなのかなあ」
美都「ふふふ、そうよ。そのときは、草藍でお祝いしましょうね」
辰子「そうだな。おっと、いけないいけない。それじゃあ、今回はこのへんで。またねー」
美都「また次回、お会いできるのを楽しみにしています(ふかぶか)」
晴れた日も、曇った日も、素敵な一日をあなたに。
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