――前説という名のあらすじ?――
律子「こんにちは、律子です。『創作の本棚』へようこそおいでくださいました」
智恵子「ちえでーす。今回は僕タス冬編の第三話だよ! もう第二話を読んでくれた? まんがいち見逃したなんてうっかり八兵衛なあなたは、ここから読んでね」
律子「早くつづきを読みたいあなたはここから本編に飛んでくださいね」
智恵子「ちえねー、りっちゃんが言ってた宇宙のお話について考えてるの」
律子「なにか答えが見つかった?」
智恵子「それがね、じつはね!」
律子「うんうん、じつは?」
智恵子「まーったくなんにも思いつかないの!」
律子「(がくっ)そうね、そんなに簡単に答えが見つかることでもないよね。もしかしたら、答えなんてないのかもしれないし。あなたも僕タスを読んで、あなたの宇宙を見つけてみませんか? それでは楽しい稽古のはじまりです」
本編1――智恵子――
──智恵子──
「チェックリスト?」
ちえちゃんはその言葉をすっかり忘れているようで、キョトンとした顔になった。わたしは部室のホワイトボードに簡単なチェックリストを書きながら、ちえちゃんの記憶を呼びもどす手助けをする。
「ホラ、憶えてない? 二ヶ月くらい前の秋のこと。美術の授業に遅れそうになったとき、六郎くんが貸してくれたノートにこんなのがあったでしょ」
そう言ってホワイトボードを指差すと、ちえちゃんは首を傾けながらうーんと考え込んでいる。首の角度に連動しているかのように、ちえちゃんの表情はクルクルと変化する。ちえちゃんは本当に表情が豊かだ。というより、感情が豊かでそれがストレートに表に出てくるので、一緒にいて楽しいし、なによりかわいい。
わたしは感情をためてから出すので、そんなちえちゃんに憧れている。そういえば、六郎くんも思ったことがすぐに出るわね。あのときも──。
「りっちゃん、なににやにやしてるのー?」
ちえちゃんに声をかけられ、思考が中断した。わたしは口元に手をやり、にやにやの名残を確認しながら応える。
「あら? わたしにやにやしてた? ちょっとね、六郎くんのことを考えていたの」
「あらあら、ごちそうさま。りっちゃんたら、本当に六郎くんのことが好きなのね」
「ええ、そうね。六郎くんは、わたしにいろんなことを教えてくれるわ。それに、一緒にいると安心するの」
「六郎くんのほうが、りっちゃんに教えてもらってそうなのに」
「そんなことないわ。六郎くんはね、とても大切なことを知っているの。それにね、『あなたがこうべをたれるなら、あなたの前にいる人は誰でも優秀な教師となるだろう』ってね」
「なーに、それ?」
「えらい人の言葉よ。常に謙虚でありなさいってことらしいわよ」
「りっちゃんがそれいじょう謙虚になったらタイホされちゃう!」
「えっ、逮捕!? なんで?」
「『検挙』するーってね」
「あははは、『ケンキョ』つながりか。ちえちゃんはいつも面白いわねー」
わたしがお腹を抱えて笑うと、ちえちゃんも一緒に笑った。ふたりの笑い声は綺麗なハーモニーを奏でる。こういう瞬間、わたしは自分の宇宙から抜け出してちえちゃんとつながったような気持ちになる。
でも、それはほんの少しだけ。
胸にこみあげるさみしさを感じながら、わたしはふとした思いつきをちえちゃんに提案する。
「ねえ。チェックリストについて、辰子さんに教えてもらおうか」
なぜ辰子さんなのだろう? 六郎くんに教えてもらってもいいのに。でも、なぜか辰子さんに教えてもらいたくなったのだ。辰子さんならもしかしたら──。そんな淡い期待があるのかもしれない。
「ちえが行ったら邪魔じゃない?」
ちえちゃんが心配そうに尋ねるので、わたしは胸を叩いて自信満々に答える。
「だいじょうぶよ。辰子さんって人に教えるの大好きらしくて、聞きたいことがあったら声をかけてっていつも言ってくれるの。それに、とっても気さくで優しいから、ちえちゃんもすぐに仲良くなれるわ」
「そうじゃなくて、六郎くんとのデートの邪魔にならない?」
ちえちゃんが遠慮がちにそう言う。わたしは一瞬キョトンとして、次に笑って答える。
「やだ、ちえちゃんたら。お気づかいはムヨウでござるよ」
ちえちゃんは、突然の武士言葉に笑いを噛み殺している。
「これはこれは、失礼つかまつった。律子殿」
すました顔で言うちえちゃんと目が合うと、わたしは我慢できずに大笑いした。
本編2――辰子――
──辰子──
「辰子さん、お忙しいのにありがとうございます」
辰子さんが玄関の扉を開けて姿を見せると、わたしは深々と頭をさげた。
チェックリストについて教えてほしいと辰子さんにお願いすると「おーけーおーけー。じゃあうちへおいでよ」と快諾してくれた。それならさっそくとばかりに、週末の朝からちえちゃんと一緒に辰子さんのお家に来ている。すでに何回もお邪魔しているので慣れてはきたけど、やっぱり少し緊張する。
「いーの、いーの。律子ちゃんのお願いとあらば、いつでもオッケーよ。将来のかわいい妹だからね」
辰子さんがそう言ってウインクするので、わたしは耳まで熱くなるのを感じた。やだ、辰子さんたら。でも、もしかしたら緊張をほぐすために言ってくれてるのかな?
「辰子さん、はじめまして。今日はよろしくお願いします」
ちえちゃんがわたしの隣でぴょこんと頭をさげた。緊張しているのか、水飲み鳥のように固い動きになっている。そんなちえちゃんを玄関へと手招きしながら、辰子さんは明るい声を出す。
「あなたが智恵子ちゃんね、ようこそ。律子ちゃんから聞いたとおり、アタシ好みのかわいい子ね♡」
辰子さんの言葉で気持ちがほぐれたのか、ちえちゃんは笑顔で門をくぐり玄関へと足を踏み入れる。
辰子さんはまるで太陽のような人だ。自ら光を発して、周りの人を暖かく照らしている。辰子さんといると、自然と顔がほころぶ。長い冬が終わりをむかえて一面の雪が溶け、ようやく春の日射しをうけたふきのとうのような気持ちになる。
それに比べて──わたしは自分を振り返る。いつだったか六郎くんがわたしのことを『月から舞い降りた天女』と言ってくれたけど、それは的を射た表現だと驚いた。だって、わたしは自分では輝けない月だから。だれかに──例えば辰子さんに──照らしてもらわなければ、どこまでも暗い宇宙の片隅でだれにも見つかることなくひっそりと漂っているような惑星なんだ。
そして、暗闇に潜んでいるわたしを、目もくらむような光で照らして見つけてくれたあのヒト──。顔を上げて玄関を見ると、雲間から冬の日射しが柔らかく降りてきた。光に照らされたわたしは、眩しくないはずなのに思わず目を細める。
「律子ちゃん、いらっしゃい」
六郎くんが照れくさそうな顔で立っている。ああ、六郎くん。彼の顔を見ると安堵の気持ちで落ち着くと同時に、不安でいたたまれなくなる。遥か昔の人たちが夜を迎えるときはこんな気持ちだったのかな? あの太陽がもう一度顔を見せることを祈りながら、夜の闇にまぎれて不安に震えていたのだろうか?
わたしはホッと息をつくと、六郎くんにかけより素早く抱きついた。驚いた六郎くんの身体が固くなるのを感じると同時にパッと離れる。わたしは一歩後ろにさがると満面の笑顔を浮かべた。
「六郎くん。おはよう♡」
六郎くんは、わたしらしくない積極的な行動に戸惑っているようだ。ほおが火星のように赤く染まり、口元がゆるんでいる。目も少しうつろだ。大胆すぎたかな? でも、六郎くんの姿を見たら、ひっつきたくて仕方なかった。こんな気持ちになることはいままでなかったのに……。
「おい、六郎!」
玄関の中から辰子さんの声が聞こえて飛び上がりそうになった。さっきの見られてないかしら?
「律子ちゃん、ごめんね。六郎がああいう顔をしてるときは、妄想の世界に入り込んでいるんだよ。まったく、律子ちゃんに会っただけですぐに舞い上がっちまうんだから。さっ、六郎のことはほっといて、中へ入っておいで」
ほっ。どうやら見られてないみたい。わたしは心の中で胸をなでおろして、玄関へと向かった。中に入ると家の香りが押し寄せてくる。この木の香りは下駄箱かな。これはお出汁の匂い、おいしそう。お香の優しい香りはお母さんのかしら。あっ、これは辰子さんの紅茶の香りね。わたしは家の香りが大好き。どの家にもそれぞれの香りがあって、生活があることを感じさせてくれるから。
そんなことを考えながら靴を脱いでいると、辰子さんがわたしの耳もとにしゃがみこんでひとこと。
「律子ちゃん、ああいうことは六郎の部屋でやるんだよ」
全身を血が駆け巡るのを感じて体が熱くなる。やだ、見られてた?
「ふふふ。若いっていいねー」そう言いながら辰子さんはひらひらと手を振り、リビングへと姿を消した。
「あれっ? どうしたの、律子ちゃん。そんなに赤い顔をして?」
ようやく正気(?)に戻った六郎くんが玄関に入ってくるなりわたしに尋ねた。その声で、わたしの意識はさっき六郎くんに抱きついたときに戻った。身体のあちこちに残る六郎くんの感触がはっきりとよみがえり、わたしはますます心臓の鼓動が激しくなるのを感じた。
「んーん、なんでもない」
わたしは消え入りそうな声でつぶやくと、靴を並べておじゃましますと家にあがった。
――CM――
律子「今回も僕タスを読んでくださってありがとうございます。それでは、恒例の宣伝をはじめますね。このCMコーナーは、タスク管理に役立つ情報や、本編に出てきた物を紹介する場です。本編とは無関係なので、読み飛ばしてくださっても大丈夫です。お気軽にご覧ください」
智恵子「りっちゃん、今回は何を紹介するの?」
律子「前回に引きつづき、漫画を紹介します。今回の漫画は、谷川史子さんの『きみのことすきなんだ』です」
智恵子「この本、表題の『きみのことすきなんだ』を含む三話を収録した短編集なんだよね」
律子「残り二話の『乙女のテーマ』と『騎士のマーチ』は続きものになっていて、仲良し三人組の女子高生が主人公です」
智恵子「三人がそれぞれ恋をするのよねー。ちえは料亭のあととり娘『文香ちゃん』のお話が好きだなあ。じんわりくるのよね」
律子「僕タスが『主人公が替わる連作小説』になったのは、谷川史子さんの影響だって作者の人が言ってたわよ」
智恵子「その気持ちわかるー。前のお話に登場してた人が出てくると親近感わくもんね」
律子「そうそう。あと、違う視点でお話を見られるところもいいよね。あら、つい話し込んじゃった。それではまた、次回にお会いしましょう」
智恵子「まったねー」
晴れた日も、曇った日も、素敵な一日をあなたに。
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