――前説という名のあらすじ?――
律子「こんにちは、律子です。『創作の本棚』へようこそおいでくださいました」
智恵子「ちえでーす。僕タス冬編も今回で第五話! えっ、前のお話を忘れちゃった? しょうがないなあ。それじゃあ、ここから前のお話を読んでね」
律子「早くつづきを読みたいあなたはここから本編に飛んでくださいね」
智恵子「りっちゃん、りっちゃん。チェックリストってすごいのねー」
律子「そうね。簡単な仕組みだけど、とっても効果があるわよね」
智恵子「ちえもチェックリスト使おうかなあ」
律子「なにに使うの?」
智恵子「うーんとー、えっとー。あっ、そうだ! おやつの食べわすれ防止チェックリスト!」
律子「ふふっ、ちえちゃんたら。でも、それも楽しい人生には大切なことよね。さて、それでは楽しい稽古をはじめます」
本編――告白――
──告白──
わたしは静かに矢を番(つが)えた。
日はすっかり落ちて、あたりは暗闇に包まれている。灯りのついた道場は、夜の海に漂う一艘の船のようだ。試合の前日だからつかれを残さないようにと皆が早めに切り上げたため、道場にはわたしひとりだった。ただひとりで漂流する船の中、わたしは明日の試合に向けて最後の調整をしていた。
いつもよりゆっくりと射の準備をしながら、わたしは今日までのことを考えていた。
構えた弓を打ち起こす。
(辰子さんに教えてもらったチェックリストのおかげで、試合の準備はとどこおりなく進んだ)
一呼吸おいて、引分け(ひきわけ)に移る。
(後輩たちに試合の準備の引き継ぎもできた)
引分けが終わって会(かい)がはじまる。
(そのおかげで練習に集中できたし、わたしたちの射(しゃ)も充実している)
そして、離れ。
(今回はいい試合ができそうだ)
矢じりが的紙をつらぬく乾いた音が、夜の冷えた空気を切り裂いた。それは船の汽笛のように静けさの海に響き渡る。
わたしは弓を立てると、矢を取りに看的所(かんてきじょ)に向かった。
看的所に入ると、道場からちえちゃんの「矢取りお願いしまーす」という大きな声が聞こえる気がする。
誰もいないけど、なるべく大きな音が出るように手を二回叩く。そして、念のためひと呼吸おいてから、ゆっくりと安土側の扉を開き安土に立てかけられた的に向かった。
的の横に静かに腰を落とし、左手で的を支える。そのとき、船を照らす灯台の光のように、わたしの頭にあの日のことがよみがえった。
それはこの前の夏。インターハイ前日のあの日。
練習が終わってから、わたしはいつものようにひとり残って的張をしていた。
大会の前日だからか、あのときのこと──わたしが的張を忘れたために、センパイたちが的なしで試合前の練習をしなければならなかったときのこと──が鮮明によみがえる。わたしはセンパイたちへの申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
センパイたちは、誰ひとりわたしのことを責めなかった。それが余計につらかった。あのときの自分が情けなくて悔しくて──。
「だいじょうぶ?」
とつぜん差し出されたハンカチに驚き、わたしは声の主へと振り向く。そこには心配そうな顔をした六郎くんがいた。
六郎くんがなぜわたしに「だいじょうぶ?」と聞いているのかわからなくて。なぜハンカチを差し出しているのかわからなくて。きっとわたしは戸惑った顔をしていたのだろう。六郎くんは少し困ったような顔でほおをポリポリとかきながら言う。
「あっ、いきなりごめん。弓道場の電気が遅くまでついているから覗いてみたら、藤堂さんがひとりで的にむかって悲しそうにしてたから、つい」
ホラ、涙が……。六郎くんにそう言われて、はじめて涙が出ていることに気がついた。それが引き金になったのか、わたしの中にある堤防が崩れ落ち、悔しさ、そして悲しさがあふれ出て止まらなくなった。
的紙が濡れていく様子が、かすんだ視界に映る。しかし涙はただひたすらに流れていく。六郎くんはハンカチを差し出したまま、じっと隣に座っていてくれた──。
インターハイから帰ってくるなり、わたしは六郎くんに告白しようと決心した。この人となら、きっとわたしは前に進んでいける。そう考えるといてもたってもいられなかった。
入道雲がひときわ大きなあの日、わたしは弓道場の裏で六郎くんを待った。
来てくれるかな?
わたしの手紙、ヘンじゃなかったかな?
いきなり告白なんかして、笑われるんじゃないだろうか?
断られたらどうしよう?
六郎くんくらい素敵な人だったら、彼女がいてもおかしくないよね。
わたしったら、図々しい。
セミの鳴き声がいろんな言葉になってわたしの頭に突き刺さる。
でも、でも、わたしは六郎くんのことが好き。六郎くんと一緒にいたい、強くそう思ったもの。たとえダメだとしても──それはとてもとても悲しいことだけど──たとえダメだとしてもせめてこの気持ちを伝えたい。
セミの鳴き声を頭から押し出すように、わたしは強く念じる。
そのとき、六郎くんが弓道場のかげから姿を現した。わたしはさっきまで考えてたことが六郎くんに聞こえてしまったのではと動揺したけど、もちろんそんなわけはなくて、六郎くんはいつもの笑顔で近づいてきた。
「藤堂さん。今日はどうしたの? とつぜん用事があるなんて」
いざ六郎くんと向きあうと、先ほどまでの決意は真夏のソフトクリームのようにあっという間に溶けてながれてしまった。地面をつま先で掘りながら下を向いて「あの」とか「えっと」とかつぶやいていると、六郎くんが話しかけてきた。
「でも、ちょうどよかった。じつは僕も藤堂さんに用事があったんだ」
「えっ?」と顔を上げると、そこには真剣な顔をした六郎くんがいた。
セミの鳴き声がやみ、一瞬あたりは静寂に包まれる。そのとき、わたしは唐突に六郎くんが言おうとしていることを理解した。あっ、でも待って!
「「好きです。つきあってください!」」
同時に響くふたりの声が合図になったのか、ふたたびセミの大合唱がはじまった。
わたしたちの声は、セミの鳴き声に包まれて夏の乾いた地面に吸い込まれた。やがて地面を伝わって六郎くんの声が届いたかのように、足元から震えが昇ってくる。震えが頭までやってきたとき、ふいに口から言葉がこぼれた。
「「はい」」
遠くから飛行機の飛ぶ音が聞こえる。きっと青空に白い線がくっきりとできあがっているのだろう。飛行機雲がふたりをつないでくれたかのように、わたしの体は軽やかに動いて六郎くんの手をしっかりと握った。
「わたし……嬉しい。六郎くん、よろしくね」
「えっと、よろしくお願いします。まさか藤堂さんにオッケーしてもらえるなんて、思ってもなかった。ホラ、手が震えてる」
六郎くんの手から震えとともに温もりが伝わってくる。
「わたしも。ダメだったらどうしよう、ってことばかり考えてた。でも、告白してよかった」
「あれ? 僕が藤堂さんに告白したんだよ」
「あら? わたしのほうが先に言ったわよ」
「だって。藤堂さん、うつむいてモジモジしてたじゃない。ゼッタイ僕のほうが先だよ」
「いーえ。わたしが言いはじめてから六郎くんの口が動いたもの。わたし、的を見る目は確かなのよ」
「わかった、わかったよ。藤堂さんのほうが先」
そう言うと六郎くんは自分の胸を指差したあと、両手をあげて降参のポーズをとる。
「つまり僕は、見事に藤堂さんの恋の矢でハートを射抜かれたってことなんだね。さすが弓道部のエース。参りました」
「やだー、六郎くんたら」
わたしたちは笑った。入道雲を飛び越え飛行機雲まで届くくらい高く笑った。
【次回、ついに冬編はクライマックスへ】
――CM――
律子「今回も僕タスを読んでくださってありがとうございます。それでは、恒例の宣伝をはじめますね。このCMコーナーは、タスク管理に役立つ情報や、本編に出てきた物を紹介する場です。本編とは無関係なので、読み飛ばしてくださっても大丈夫です。お気軽にご覧ください」
智恵子「りっちゃん、今回は何を紹介するの?」
律子「こんかい紹介するのは、晴海まどかさんの小説『明日が雨でも晴れでも』です」
智恵子「あっ。ちえ、この本読んだことある! なんていうのかなー。空気感が伝わってくるのよね」
律子「そうね。登場人物の心理描写と風景描写が丁寧に織り重ねられて、ひとつの世界が創り上げられてる素晴らしい作品ね」
智恵子「ちえはこのシーンが好き」
『日に当たってしまったときのように頬がほてって 、足元に視線を落とした 。雑草がまばらに生えた茶色い土をサンダルのつま先で掘る 。』
智恵子「胸がキューンとするよねー」
律子「作者の人もそのシーンが大好きらしいわよ」
智恵子「あー、だからりっちゃんが告白するときに、地面をつま先で掘ってたのね」
律子「そうそう。そういうところも含めて、空気感があるお話を書こうとしたみたい」
智恵子「じゃあ、ちえのかわいさも読者のみなさんに伝わってるかしら」
律子「もちろんよ! だってちえちゃんはホントにかわいいもの」
智恵子「やだー、りっちゃんたら」
律子「ふふっ、そういうところもかわいいよね。あらいけない、すっかり話し込んじゃった。それではまた、次回にお会いしましょう」
智恵子「まったねー」
晴れた日も、曇った日も、素敵な一日をあなたに。
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