はなめが如く【創作の本棚】

小説家ブロガーとし(@toshi586014)です。

今回はわたしが書いた小説、題して『はなめが如く』を掲載します。

このお話は、Twitterで開催した『RTしてくれた人を主人公にしたお話を書く』という企画から生まれました。ありがたいことに、三名の方がご応募くださいました。それでは、おくのさん(@odaiji)のお話をお楽しみください。

あっ、このお話は完全にフィクションです。お名前はお借りしていますが、実際の人物や出来事とはまったく無関係です。そう言えば……と思い当たる節があっても気にしないでくださいね。

それでは、おくのさんのお話『はなめが如く』はじまりはじまり~。

 

はなめが如く

 

「センパイ、あの人誰なんスか?」

 若いスーツ姿の男が指差す先には、年の頃四十くらいの陽気な、いや、その笑顔のわりにややくすんだ雰囲気の男が立っている。

 尋ねられた年配の男は、オーダーメイドであろう仕立ての良いスーツのポケットから革製の名刺入れを取り出し答える。

「部長と話をしている人のことか? あれは【おだいじ】さんだよ。言ってみれば、助っ人ってとこかな」

「【おだいじ】さん? 変わった名前ッスね」

「なんでも、『織田』家の『遺児』だから『おだいじ』だって、本人は言ってるんだけどね」

「マジっスか!? あの織田信長の子孫ってことッスか?」

「まあ、お酒の席のネタだから、本当かどうかわからんよ。それに、織田家は日本中にはたくさんあるだろうからね」

「ハア、そういえばそうッスね」

 若い男は急激に興味を失ったようだが、年配の男は使い込まれた名刺入れから一枚の名刺を取り出した。

「ほら、この名刺だ」

 そこには、おだいじさんの顔写真とともに、名前__本名はおくのというそうだ__や肩書きが記載されている。しかし、注目すべきは裏面だった。一面を埋め尽くすほどの職種が所狭しと書き込まれている。若い男は名刺を手に取りしげしげと眺める。

「えーと、イベントスタッフにフリーライターに日本酒愛好会副理事に……歴史研究家なんてのもありますよ。何者なんスか、あのヒト?」

「謎の男だろ? だから、助っ人としか言いようがないんだ」

「ところで、その謎の助っ人が何しに来たんスか?」

 若い男は再び興味を持ったようで、手に持った名刺をひらひらさせながら年配の男に尋ねた。

「ああ。例のホラ、大口のお客さんを怒らせちまったのあっただろ。社長自ら出向いて謝罪したけどヘソを曲げてるってやつだ」

 年配の男が苦虫を噛み潰したような顔をする。

「あー、ありましたね。なんでも先方から二度と取引しないって言われたとか」

 若い男は事態の重要性を理解していないのか、芸能ニュースについて話しているかのような口調で言うと、大仰に何度も頷いた。

「アレの助っ人に来てもらったってワケだよ」

「えーー。社長でもダメなのに、よその人がなんとかできるもんなんスか?」

「さあな。おれにもわからん……が、藁にもすがる思いなんだろう」

 年配の男は社内のゴタゴタを自分たちの力でなんとかできないことを歯がゆく思っている様子だ。

 そのとき、おだいじあらためおくのと話をしていた部長が、年配の男と若い男の二人の方を向いて手招きする。二人は突然の呼び出しに驚きながらも、小走りに部長の前へと向かった。

「キミたちに頼みがあるんだ。いいかな?」

 部長は福笑いを貼り付けたような笑顔で二人に向かって話しはじめた。一応尋ねてはいるが、無論断れないことを二人は知っていた。二人が頷くと、部長は満足そうに話を続ける。

「例の件で、おだいじさんと一緒に客先に行ってもらいたい。ああ、心配はいらない。キミたちはあくまでも案内人の役割だ。謝罪しに行くのに、さすがに我が社の人間が誰もいないのはマズイからね。ご挨拶だけして、あとはおだいじさんにお任せしたらいい」

 二人は顔を見合わせた。その顔にはあからさまな不安が浮かんでいるが、もとより断れるはずもない。

「かしこまりました」
「了解ッス」

 しぶしぶと頭を下げる二人を、相変わらず福笑い顔の部長が眺めていた。

「それでは、参りましょうか」

 おくのが重苦しい雰囲気を溶かすようなのんびりした声を出した。年配の男と若い男は、その声でやや緊張がほぐれたのか、おくのに会釈をする。おくのは丸い背中を少しだけ伸ばして、二人を促しながら歩きはじめた。

「お二人は案内役ですからね。お先にどうぞ」

 道中も不安な様子の二人とは裏腹に、おくのは呑気に道端に咲いた花やひなびた居酒屋に興味をそそられている。

 しかし、訪問先の会社に着いた途端、おくのは豹変した。備前長船の名刀もかくやと目つきを鋭くし、背中に鉄板を入れているかのように背筋をピンと伸ばす。そして、合戦に向かう武士のような足取りで自動ドアをくぐると、法螺貝のように響き渡る声で受付係に挨拶をした。

「おはようございます。わたくし、豊臣商事のおだいじと申します。本日は、御社の社長の徳川様に先日のお取り引きの件で、ご挨拶とお詫びに参りました。どうか五分、いえ、一分だけでも結構ですのでお会いしていただけないでしょうか。どうぞ、お取次をお願いいたします」

 受付係はおくのの堂々とした様子に気圧されながらも、手元の社内電話を操作してなにやら話しはじめた。そして、受話器を置くと、まるで戦況の不利を大将に告げるような顔でお詫びを口にする。

「大変申し訳ございませんが、徳川はお会いしたくないそうです。ご足労をおかけしましたが、どうぞお引き取りください」

 年配の男と若い男は、このあとおくのがどう食い下がるか期待に満ちた目で見ていた。……が、おくのは驚くほどあっさりと引き下がった。

「さようでございますか。それでは、本日は失礼いたします」

 やや芝居がかった様子で頭を下げると、おくのは二人を促して会社をあとにした。

 二人はあからさまに拍子抜けした顔をしているが、おくのは気づいていないのか気にしていないのか飄々とした様子で二人に話しかける。

「今日はおつかれさまでした。明日も同じ時間にご訪問しますので、よろしくお願いします」

 二人は「えっ!?」「明日ッスか?」とめいめいに口にするが、おくのは軽く頭を下げるとその場を立ち去った。

○●○●

 そして次の日。

 おくのと年配の男と若い男の三人は、昨日と同じ場所に集まっていた。

 そして、昨日と同じように訪問先の会社に入り、昨日と同じように受付係に社長への面会を依頼した。

 当然というべきか、受付係からの回答も昨日と同じようにけんもほろろだった。

 今日こそは食い下がってくれるはず、という二人の熱い視線もどこ吹く風。おくのは朝の挨拶をするかのように二人に告げる。

「今日はおつかれさまでした。明日も同じ時間にご訪問しますので、よろしくお願いします」

 判で押したように「えっ!?」「明日ッスか?」と二人は口にするが、おくのは軽く頭を下げるとその場を立ち去った。

○●○●

 そして再び次の日。

 おくのと年配の男と若い男の三人は、三度同じ場所に集まっていた。

 そして、同じように訪問先の会社に入り、同じように受付係に社長への面会を依頼した。

 もはや恒例というべきか。受付係からの回答は、昨日、一昨日と同じようにけんもほろろだった。

 年配の男と若い男は、今回も同じように出直しだろうと、早くも受付をあとにしようとしていた。

 しかし、そのとき歴史は動いた! おくのが一歩前に出たかと思うと、朗々と響き渡る声で受付係に話しはじめる。

「かの諸葛亮孔明でさえ、三顧の礼を尽くした劉備玄徳を迎え入れました。このように誠意を尽くそうとしているわれわれを一顧だにせず追い返すのは、大丈夫たるもののやり方ではありません。
 また、諸葛亮孔明は泣いて馬謖を斬ったがため、己の立場を窮地へと追いやりました。正義と秩序ある罰でさえ、ときとしてそのような結果を生むのです。いわんや、怒りに任せた罰をや」

 おくのはひと息つくと軽く頭を下げ、囁くような声で受付係に言葉をつなぐ。

「失礼いたしました。先ほどのわたしの言葉を、一言一句違えず社長の徳川様にお伝えください。そして、ぜひ再考願いたい」

 受付係はあっけに取られていたが、社内電話を操作して話しはじめた。記憶力が良いのか、よほど印象深かったのか、おくのの言葉を一言一句違えずに伝えている。

 受付係が伝え終えると、受話器の向こうから大きな声が聞こえてきた。年配の男と若い男は、初陣の兵士が戦場で鬨の声を聞いたときのようにガタガタと震えた。

 何度か受話器の向こうとのやりとりが続いたあと、受付係は受話器から顔を離し、三人に向かって静かに話しはじめる。

「これからお伝えするのは、社長の徳川の言葉です。わたしの脚色は一切ないことをはじめにお断りします。

『わしを一喝するとは怖いもの知らずだの。それに、三顧の礼と言ったな。確かに大丈夫たるもの、いかなるときも礼を忘れてはいかん。
 だがの、お主は劉備玄徳たるものなのか?』

 このように申しております」

 この言葉を聞くなり、おくのがふたたび大音声で応える。その声は電話を通さずとも直接最上階の社長室まで届くかと思われるものだった。

「そういうあなたも諸葛亮孔明ではありますまい」

 年配の男と若い男は生きた心地もせずにこのやりとりを見守っていた。すると、受話器の向こうからおくのを上回るような大きな声が聞こえる。

『わっはっは。愉快愉快。確かにわしは諸葛亮孔明ではないな。気に入ったぞ、劉備玄徳。いや、おだいじと言ったな。
 それでは、わしも礼に応えよう。お主だけわしの所へ来るが良い。特別に、五分だけ話を聞こう』

 年配の男と若い男は「ひっ」と息を呑み身体をすくめてしまったが、おくのは悠然としている。受付係に頭を下げると、まるで赤兎馬に乗っているかのような軽やかな足どりでエレベーターへと乗り込んだ。

○●○●

 それから三十分の時が過ぎた。

 年配の男と若い男は針のむしろにいるかのように冷や汗をかいて落ち着かない。

 受付係は一見物静かな様子だが、明らかに社長室での成り行きが気にかかっている。その証拠に、エレベーターが動くたびに振り返ってエレベーターから降りてくる人物を確認していた。

「センパイ、五分だけって言ってたのに遅いッスね」

「ああ、上ではいったい何が(誰が)起こって(怒って)るんだろうな」

 年配の男と若い男は、気が気でない様子だ。

「徳川は時間には非常に厳しいので、約束の時間を過ぎるなんてことはありえないのですが……」

 受付係も不審に思っている。

「「「まさか事件!?」」」

 三人同時に口にした瞬間、エレベーターの扉が開いて老齢の男とおくのが連れ立って降りてくる。

「わっはっは、気に入ったぞ黒田官兵衛。いや、おだいじだったな。どうだ、助っ人なぞやってないでうちに来んか? わしの下でその力を発揮してくれ」

 その大声で年配の男と若い男は老齢の男が徳川社長と気づきかしこまる。しかし、おくのは静かな声でのんびりと社長の申し出を断っているようだ。そして、年配の男と若い男に向かって手をあげる。

「お待たせしました。用件は無事に終わりましたので、おいとまいたしましょう」

 二人はあっけに取られたが、社長の前でおくのを問いただすわけにもいかないので、丁寧にお礼と挨拶を述べて会社をあとにした。

 外に出るとすぐに、年配の男がおくのに質問する。

「いったいどうやってあの社長を説得したんですか?」

 すると、おくのはこともなげに答える。

「いやなに、誠意を示しただけですよ」

 今まで何人もの上司が謝罪しに行ってもダメで、社長が謝ってもけんもほろろだった徳川社長がそれくらいのことで機嫌を治すわけがない。そう言おうと思ったとき、年配の男の胸ポケットから電話の着信音が聞こえた。年配の男は、おくのに頭を下げて携帯電話を取り出し応答する。

「はい、小早川です。あっ、部長、おつかれさまです。ええ、はい、そうです。ついさっき先方を出たところです。ええ、そうなんですよ。はい、わたしも驚きました。えっ!? ああ、わかりました。確認しておきます。はい、失礼いたします」

 年配の男あらため小早川は、携帯電話を胸ポケットにしまうと、おくのに向かってこう言った。

「おだいじさん、本日はありがとうございました。部長も『大変大変感謝しています』と申しておりました。また、『ぜひ我が社に幹部として来ていただけないか』とも」

 おくのは毅然とした態度で、しかし緩やかに流れる水のように手を振って応える。

「幹部だなんてガラじゃありません。それよりも、美味しい酒が呑めればそれで構いませんよ」

 小早川はさもありなんという顔で頷く。そして、もうひとつ部長からの伝言を付け足した。

「あ、そうそう。部長からもうひとつ。『先週お願いしたもうひとつのお仕事、今日までの予定でしたが進捗どうですか?』とのことですが……」

 先ほどまでの輝く表情はどこへやら。おくのは世にも情けない顔に一変して、背中を丸める。そして蚊の羽音のような声でつぶやいた。

明日やります

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