電話のベルは世界中で鳴りひびく
リンリンリン。リンリンリン。
その日、世界中の電話のベルがいっせいに鳴りひびいた。
『おめでとうございます。あなたは親子で楽しむレジャーランドの特別優待券に当選されました。お子さまはプールで、奥さまはエステで、お父さまはビーチラウンジで心ゆくまでおくつろぎいただけます』
受話器から聞こえる言葉はどの電話もまったく同じだが、それに対する反応はさまざまだった。
「おいおい、独り身のオレにいったいどうしろってんだ。イタズラはよせ」
「まあ、嬉しい! ねえ、あなた。来週の日曜日に家族でお出かけしましょうよ」
「試験勉強つかれたし、たまには遊びに行こうかなあ。そうだ、クラスの理沙ちゃんを誘うチャンスかも!」
悲喜こもごもなやりとりが電気信号となって世界中をせわしなく飛び回っているなか、ひとりの男が電話に向かって奇妙な質問をした。
「なあ、あんた。なんだって僕にこの電話をかけてきたんだい?」
そのような質問はマニュアルになかったのか、電話の向こうで息をつまらせる音が聞こえた。数秒の沈黙のあと、パタパタという足音とともに、異様に愛想のいい声が受話器の穴という穴からぬるりと押し出される。
『あえて申しあげるなら、神のお告げでございます』
質問をした男は深くため息をつくと、静かに答えた。
「そうかい。どうやら僕とは信仰する神様がちがうようだね」
愛想のいい声は、全身を愛想のかたまりにしてなおもつづける。
『さようでございますか。それではご一緒にポテトはいかがですか?』
質問した男は、手にした受話器を落とさないように電話に戻した。チンっと軽やかな音がすると、それが合図になったかのように男は世界から断絶された。
しかし、男はあわてるでもなくトコロテンのなかを歩くようにゆったりとした動作で長椅子に向かい腰をかける。そして、手品師のようにどこからともなく取りだしたペンを手に、サイドテーブルの手帳をめくった。
一枚めくるごとに世界との断絶は深まる。
269ページ目にさしかかったとき、男はようやく電話の受話器に手を伸ばした。もういっぽうの手は歌うようにダイヤルを回している。弾むような呼び出し音のあと、男は断絶を乗り越える声をだす。
「この声はあなたに届きますか? この声はあなたに残りますか?」
リンリンリン。リンリンリン。
世界中の電話のベルがいっせいにけたたましく鳴りひびくなか、男がかけた電話のベルは少し静かに、しかし力強くその存在を主張する。
そして……、静かにあなたの心をノックする。
「この声はあなたに届きますか? この声はあなたに残りますか?」
〜Fin〜
晴れた日も、曇った日も、素敵な一日をあなたに。
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