Toshi’s Christmas Story 2018 〜あわてん坊のサンタクロース〜


ねえ、知ってる?
これは、わたしの村に伝わるお話。あわてん坊のサンタクロースの伝説。

「いい子には、サンタクロースが素敵なクリスマスプレゼントを。いい子にしてなかったら、あわてん坊のサンタクロースが見当違いなクリスマスプレゼントを」

ってね。

👶👶👶

「男の子だよ!」
「いいえ、女の子だわ!」
山から吹きおろす風が雪の冷たさを運んでくるように、ふたりの言い争う声はわたしに暗い気持ちを運んでくる。

気分を変えるために、わたしはベッドからピョンと飛び降りて、窓から外を眺めた。
「Guten Morgen!」
真っ白な雪景色の中に、ポツポツと家が建ち、煙突から煙が立ちのぼっている。煙はこの小さな村を取り囲む森林を抜けて、遠くそびえる山々に消えていった。
「いいお天気。それに今日は……」
あつあつのグリューワインにプリプリのヴァイスブルスト、そして、一口でお腹いっぱいなシュトーレン。わたしは真っ青な空に、つぎつぎとクリスマスのご馳走を思い浮かべる。ふわふわ浮かぶレープクーヘンに誘われて、村の真ん中に立つ大きなもみの木に視線が辿り着くと、そこにぶら下がるたくさんの靴下が目に入った。

わたし、今年のクリスマスは、サンタさんに特別なプレゼントをお願いしたの。そう、とっても特別なクリスマスプレゼントを……。

「アンジェリカ、あなたはどう思うの? やっぱり女の子よね?」
ふたりで言い争うのにつかれたのか、ママがとつぜんわたしにたずねてきた。
「いいや、男の子だろう。アンジェリカもそう思うだろ?」
パパもそれにのってくる。普段は息がぴったりなのに、なんでお腹の子のことになると、途端にケンカになっちゃうんだろ?
「あのね。パパ、ママ、わたし実はね……」
「アンジェリカも8歳なんですから。そろそろ妹の面倒を見て、家の仕事を覚えていく歳ですわ」
「なにを言ってるんだ。僕は長男なんだから、つぎは跡継ぎの男の子でないと」
わたしが答える前に、ふたりが続きをはじめてしまった。まあ、いつものことだから、慣れたものだけど。

あーあ、わたしの特別なクリスマスプレゼントのお願いを、サンタさんが聞きどどけてくださったなら、きっとみんな幸せになれるのに……。
おっと、いけないわ。そのためにも、わたしはいい子にするのよ。だって、『いい子には、サンタクロースが素敵なクリスマスプレゼントを。いい子にしてなかったら、あわてん坊のサンタクロースが見当違いなクリスマスプレゼントを』だものね。

🎹 🎹 🎹

「パイプオルガンが使えないだって!?」
パパの声が家中に響いた。
「そうなんだ。どうやらネズミがふいごをかじってしまったみたいなんだ。修理しようにも、町に知らせに行って帰ってくる頃には、クリスマスは終わってしまう」
「ああ、なんてことだ……」
パパの声が穴の空いたパイプオルガンのようにしりすぼみに消えていく。それもそのはず。パパはこの村一番のパイプオルガン奏者で、クリスマスにはお腹の子にもとびきりの曲を聴かせるんだって張り切っていたもの。

ママも悲しそうな顔をしていたけど、パパの手を握って優しい言葉をかけていた。「聖歌隊でとびきりの歌を歌いましょう」とか「ほかの楽器で演奏してみてはいかが?」とか。
だって、お腹の子の性別以外では、パパとママはとても仲良しだから。
でも、いまはふたりそろって暗い顔をしている。遠い山の向こうに、お日様が沈んだあとみたいに暗い顔を。

わたしがなんとかしなきゃ。だって、わたし、お姉ちゃんになるのよ。

♪ ♪ ♪

「アンジェリカ、ちょっと手伝っておくれ」
「パパ、ごめんなさい。わたし、いま、用事があるの」
「アンジェリカ、台所のお片づけをしてちょうだい」
「ママ、ごめんなさい。わたし、いま、これをしないといけないの」
「「クリスマスイブだというのに、アンジェリカはいったいなにをやってるの?」」
「パパ、ママ、ごめんなさい。もう少しで完成するのよ」

そう言って、机の上に置いた紙に、わたしはガリガリと書いていく。パパと、ママと、まだ見ぬお腹の子のことを考えながら、ガリガリと。

「できた!」
「なにができたんだって? アンジェリカ」
「なにができたというの? アンジェリカ」
「ほら、見て!」
わたしは手元の紙を持ち上げて、パパとママに向かって披露した。
「ほお」
「まあ」
「「クリスマスソング」」
「タイトルは、『あわてん坊のサンタクロース』よ」
「いいねえ。この歌詞ならパイプオルガンじゃなくても演奏できそうだ」
「とても楽しそうな歌詞ね。聖歌隊だけじゃなく、みんなで歌えそうよ」
「これから教会に行って、この歌詞にあう曲を書いてくる」
「わたしは歌詞を書き写して、村のみんなに配ってくるわ」

🎄 🎄 🎄

「あー、楽しかった。こんなに盛り上がったイブは、今までなかったんじゃないか?」
「ええ、そうね。アンジェリカの考えた『あわてん坊のサンタクロース』のおかげね」
「わたしは歌詞を考えただけだもの。パパが曲を作ってくれたし、ママが村のみんなに歌を教えてくれたおかげよ」
教会からの帰り道、雪をサクサクと踏みながら、パパとママに返事をした。
「お腹の息子も、今日はとっても楽しかったって言ってるだろ?」
「ええ、お腹の娘も、今日はとっても楽しかったって言ってるわ」
「息子だ!」
「娘よ!」
はあ。これさえなければ、いい子のパパとママなのに……。ね。

わたしは、村の真ん中のクリスマスツリーにそう囁いた。

🎁 🎁 🎁

「おや?」
「あら?」
家に着くと、ドアに靴下がふたつぶらさがっていた。太い糸で編まれた厚手の靴下はパパの、細い糸を重ねたふわふわの靴下はママのだ。まだイブなのに届いたということは……。
「「あわてん坊のサンタクロースが来たんだ!」」
パパとママは、息もぴったりにそう言った。
「僕はいい子じゃなかったってことなのか」
「わたしはいい子じゃなかったというのね」
パパとママは「いい子には、サンタクロースが素敵なクリスマスプレゼントを。いい子にしてなかったら、あわてん坊のサンタクロースが見当違いなクリスマスプレゼントを」と言ってがっくりと肩を落とす。

そして、ドアを開けてなかに入ると、「見当違いのプレゼント、か」とつぶやきながら、靴下からプレゼントを取り出した。
「あれ!?」
パパは、女の子の赤ちゃんが着る服を手に持っている。
「まあ!?」
ママは、男の子の赤ちゃんが着る服を手に持っている。
ふたりは、お互いの手にある『あわてん坊のサンタクロース』からのプレゼントを交互に見ながら、首をひねっていた。

でも、わたしはふたりの様子を見ながら、もしかしたらってワクワクしていたの。
だって、ふたりのプレゼントが見当違いってことは……。それに、わたしのプレゼントがまだ届いていないってことは、サンタさんがわたしのお願いを聞き届けてくださったということ……。

でも、今日はクリスマスイブ。わたしがどんなプレゼントをサンタさんにお願いしたのかは、パパとママにも秘密。それは、わたしとサンタさんだけの秘密なの。でも、遠回しになら、ちょっとくらいなら、聞いてもいいよね?

「ねえ、パパ、ママ。家族はたくさんいるほうが楽しいと思わない?」
「そうだな。お腹の子が生まれると、きっと、もっと賑やかになるよ」
「そういえば、予定より少しお腹が大きいですね、って言われたのよ」

🎅 🎅 🎅

ねえ、知ってる?
これは、わたしの村に伝わるお話。あわてん坊のサンタクロースの伝説。

「いい子には、サンタクロースが素敵なクリスマスプレゼントを。いい子にしてなかったら、あわてん坊のサンタクロースが見当違いなクリスマスプレゼントを」

ってね。

〜 Ende 〜

本を出版しました!

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とし
主夫で育児メンで小説家でアプリ開発者でアプリ開発講師でアプリ開発本執筆中でLINEスタンプ作者でブロガーのとしです。 このブログは、タイトル通り晴れた日も曇った日も人生を充実させるちょっとした楽しさを取り上げます。それが少しでも誰かのお役に立つ日がくれば幸いです。

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